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都市伝説、呪われた事件の真相、生活に役立つ知性などアナタの心をくすぐる雑記を掲載

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勝手に進むゲームのセーブデータ

2008/04/22(火) 16:51:42

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□□□勝手に進むゲームのセーブデータ□□□

 ある日、彼は異変に気づく。自分のセーブデータが、まだプレイしていないところまで、勝手に進んでいるのだ。さまよえる魂がゲームに取り憑き、勝手に遊んでいたら・・・・・・・・。身の毛もよだつゲーム都市伝説。DEEPがお話します。

 家庭用、あるいは携帯ゲーム機世代の方なら一度は自分のセーブデータが消えてしまった経験があるだろう。コツコツと積み上げてきたアイテムのコレクションや経験値などが一瞬で無くなる、バーチャル独特の喪失感は何度味わってもイヤなもの。それとは逆に、ゲームのストリーを勝手に先に進められてしまうのも、自分の楽しみを他人に奪われたようで、これまた不愉快な気分にさせられるものである。

 さて、ある人が某人気ソフトをプレイいていた。このゲームはステージをクリアするごとに、そこの状況をセーブできるようになっている。ステージを進めていくと、それまで「?」マークになっていた新たなステージをプレイできるようになるのだ。ある日、彼(彼女という説もある)は異変に気づく。自分のセーブデータが、まだプレイしていないところまで進んでセーブされているのだ。

 最初はバグだろうと思った彼は、ゲームを最初からやり直し始めた。だが、やはり彼のセーブデータは勝手に進められていったのだ。何度繰り返しても同様に、勝手に進められる彼のゲーム。普通の感覚ならそこで、重度のバグと考えてプレイを断念するかメーカーに問い合わせるところだが、彼の場合は違った。

 自分以外の誰かが、このゲームをプレイしているに違いない。そう考えた彼は親切にも、その何者かのために、新規のプレイヤーデータを用意していたのだ。プレイヤーの名前を「あなたの分」として、しばらく様子を見ていると、それ以来、彼のセーブデータが勝手に進められることはなくなった。

 と同時に「あなたの分」のセーブデータは、徐々にゲームを進めていったのだ。かなり不気味な状況だが、そもそも霊感体質を自称しており、見えるはずのないモノにも理解を示しているの彼は、特に気にせず「あなたの分」との共同ゲーム生活を受け入れていた。

 その後、彼は仕事が忙しくなり、ゲームをする時間がめっきり減ってしまう。その間にも「あなたの分」は着々とゲームを進めていったらしい。彼が久しぶりにソフトを起動したとき、彼と「あなたの分」のプレイ時間は数倍の差がついていた。

 自分はゲームをする暇もないほどに忙しく働いているのに、コイツは暢気にゲームを進めやがって・・・・・・・。そう考えると無性に腹が立ってきた彼は、「あなたの分」のデータをつい消去してしまった。ちょっと大人げなかったかなと思いつつ自分のセーブデータを読み込もうとした瞬間、彼は息を飲んだ・・・・・・・・・。自分の名前が付いているはずのデータ名が「なぜ消した?」と変っていたのだ。

 このソフトのセーブデータは、本体のハードディスクに書き込まれている。薄気味悪くなった彼は、「なぜ消した?」と名付けられたセーブデータを消去して、ソフトを再起動。これでもうすべてのデータは消えているはずだったのだが、そこにはなぜかデータがひとつ残っていた

 そこに表示されたデータ名は「お前も消すよ」・・・・・・・・。 翌日彼はそのゲーム本体を中古ショップに売り払った

 


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アルプスのミイラ「エッツィ」の呪い

2008/03/29(土) 20:59:17

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□□□アルプスのミイラ「エッツィ」の呪い□□□

 1991年9月19日、イタリアとオーストリアの国境近く、標高3200メートルのアルプスの氷河から、凍結しミイラ化したひとつの死体が発見された。そのミイラに関わる悲劇とは?DEEPがお話します。

 調査の結果、このミイラはなんと5300年も前の人間の死体だという事実が判明した。かのツタンカーメンよりも古い、世界最古のミイラの発見である。凍結していたため、保存状態もきわめて良好だった。

 ミイラは、発見された場所エッツ渓谷にちなんで「エッツィ(またはアイスマン)」と名づけられた。エッツィ発見のニュースは、あっという間に全世界を駆けめぐった。5300年前といえば、新石器時代である。これほど昔の人間がほぼ完璧な形で、われわれの目の前に現れたのだ。この事件は、まさしく考古学史上の大発見だったといえる。

 エッツィのミイラはいま、発見された場所に最も近いイタリア、ボルツァーノ市の南チロル考古学博物館に展示され、年間30万人もの観光客を集めているという。だが・・・・・、エッツィがここに至るまでには、実は恐ろしい悲劇が繰り広げられていた。そう、彼に関わった人々が7人も命を落としていたのだ。「エッツィの呪い」と名づけられたその悲劇とは、いったいどんなものだったのか?

 最初の犠牲者は、法医学者のライナー・ヘン博士だった。彼は氷河の中から見つかったエッツィを、素手で遺体袋に移した人物だった。1992年エッツィに関する新しい発見を学会で発表すべく、車を走らせていた矢先、事故を起こして死亡した。

 次いで、エッツィ発見当時、研究班のガイドをしていた登山家のカート・フリッツが慣れ親しんでいたはずの登山ルートで雪崩に巻き込まれて亡くなった。奇妙なことに一緒に雪崩に遭遇した数人の登山家は全員、生存している。実に運悪くフリッツのみが命を落としたのだ。なお、彼は発見されたエッツィを、ヘリを使って麓に搬送した人物でもある。

 さらに、レイナー・ホルツ。彼はドキュメンタリー映画製作のために、エッツィの遺体収容から修復作業の撮影を、ただひとり許可されたジャーナリストだった。その死因は脳腫瘍である。そして、登山家のヘルムート・シモン。同じ登山家の妻とともにアルプス踏破中に、偶然エッツィを発見した人物である。彼は2004年10月、同じくアルプス登山中に行方不明となり。捜索8日目に崖下90メートルに位置で、さながらエッツィ発見時を思わせる薄い氷と雪に包まれて死んでいたという。シモンが滑落死したその場所は、はからずもエッツィ渓谷。そう、エッツィが発見された場所だった。

 5人目の犠牲者は、シモンの遺体を発見したレスキュー隊の隊長ディエター・ワルネッカだった。ワルネッカはシモンの葬儀に出席したわずか一時間後、心臓発作でこの世を去っている。6人目の犠牲者が出たのは、2005年4月。その名前はコンラッド・シュピンドラー。インスブルック大学の考古学教授で、エッツィ調査チームのリーダーである。エッツィに関する本も出版しているエキスパートだ。シュピンドラーの死因は多発性硬化症による合併症だったといわれる。

 そして、同年10月21日。7人目の犠牲者が出た。オーストラリア、クイーンズランド大学の分子考古学者トム・ロイ博士である。ミイラのDNAを研究していた彼は、エッツィの調査をまとめる本の執筆中で、まもなく脱稿する予定だったという。ロイの遺体は死後、数日を過ぎて発見されたが、死因は不明。ただ、この12年ほど血管の病気を患っていたといい、ロイにその症状が出始めたのは、ちょうどエッツィ研究を始めたころだったという。

 発見後、十数年の間に7人もの死者を出した「エッツィの呪い」。ある宗教関係者は現在、博物館に眠るエッツィのミイラについて、次のように語っている。

 「眠りを妨げられた上、自らの体をいじくりまわされ、大勢の人々の目にさらされ、エッツィはおそらく腹を立てているのでしょう。このうえは彼の遺体をすみやかに発見現場に戻し、手厚く葬るべきです。さもないと、エッツィの怒りによる呪いの惨劇は、まだまだ続くかもしれません

 


呪われた事件の真相CM:0

皇太子も暗殺された呪われたベンツ

2008/03/20(木) 17:54:15

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□□□皇太子も暗殺された呪われたベンツ□□□

 1914年6月28日、ボスニアの州都サラエボで、その後の世界の歴史を左右する大きな事件が起きた。DEEPがお話します。

 その日、サラエボでは、オーストリアのフランツ・フェルディナトンド皇太子とゾフィー妃の歓迎パレードが行われようとしていた。使われた車は、この旅行中に皇太子が特別注文してあつらえた6人乗りの真っ赤なベンツ。夫妻のほかにポチオレック将軍、護衛が同乗していた。

 ところが、いざ出発という段になって、民衆の間から突然、爆弾が投げつけられた。幸い爆弾は車の横腹に当たってはね返ったため、夫妻は無事だった。普通はこんな事件があれば、パレードは中止になるはずだが、なぜかそうはならなかた。

 車はやがて、街の通りに入っていった。するとそこへ突如、ある民家からピストルを構えた若い男が飛び出してきて、車に飛びつくや、皇太子夫妻の体に次々と弾を撃ち込んだ。護衛たちがあわてて男を引きずり降ろしたときには、夫妻はすでに事切れていた。犯人はオーストリアに反感を抱く、セルビア(当時、ボスニアの南にあった国)の民族主義者だった。

 この暗殺事件をきっかけにオーストリアとハンガリーがセルビアに宣戦布告、セルビアは同盟国のロシアに救いを求め、さらにフランス、イギリス、ドイツが次々と参戦する大戦争が始まった。いわゆる第一次世界大戦である。

 ところで、皇太子暗殺事件のあと、問題のベンツは同乗していたポチオレック将軍の所有となった。将軍はオーストリア第五師団長の地位にあり、戦争が始まるとすぐに陣頭指揮に立った。だが、三週間のある戦いで大敗を喫し、本国に召還されてしまう。将軍は結局、この屈辱に耐え切れず、精神状態に異常をきたした。そして、救貧院に入ったまま生涯を閉じた

 そして三番目のベンツの所有者は、ポチオレック将軍の参謀を勤めていたスメリア大尉だった。しかし大尉もまた、車を手に入れてからわずか九日後、ドライブ中にふたりの農民をひき殺し、自らも車もろとも立ち木に衝突、首の骨を折って死んでしまったのである。

 こののちベンツはしばらく所有者がないまま放置されたが、大戦が終わると、ボスニアに代わって生まれたユーゴスラヴィアの州知事のものとなった。彼は壊れていたベンツを修理したのち改造を施し、悦に入っていたが。だが、運転を始めると四ヶ月間になんと4回も事故を起こし、ついに右腕を失うことになってしまった。恐ろしくなった州知事は、「この車には、死神が取り憑いている」と解体を命じた。 

 しかし、そこにサーキスという医師が現れ、ほとんどタダ同然の値段でこれを買い取ったのだ。しかし半年後ベンツが溝で横転しているのが発見された。サーキスはその下でぺしゃんこになって息絶えていた

 六番目の所有者は、オランダの宝石商。このころにになると、ようやくこの車がもたらす災厄が評判となり、宝石商は俄然、人々の注目を浴びることとなった。一年後、その期待に応じるかのように、彼は突然、自殺を遂げたのだった。

 次にベンツの所有者になったのはある医師だったが、患者が寄りつかなくなったとのことで、スイスのレーサー、サミレスに売られた。サミレスは呪など信じないたちで、すぐさまその車でアルプスのレースに参加した。しかし、車は途中で横転し、サミレスは車外に投げ出され、障壁に激突して即死してしまったのだ。

 九番目の所有者となったドイツの実業家もまた、石壁に衝突して命を落とした。ベンツを手に入れてから、わずか二日後のことだった。

 さすがにここまでくると、もはや買い手はつかない。呪われたベンツは業者の間を転々としたあげく、何の因果か再びサラエボに戻った。そして農場主のコルシュが、物好きにもこれを買い取ったのだ。コルシュはいわくつきの車であることから、注意深く運転し、数ヶ月は何事もなく過ぎた。それがある朝、ベンツが急に故障してしまったのだ。仕方なく、通りかかった荷馬車を呼びとめ、町まで牽引してもらうことにした。ところがイグニッションを切り忘れていたため、牽引されたとたん、車のエンジンが始動。車は荷馬車を弾き飛ばして暴走したあげく、道路下に転落した、コルシュはもちろん、荷馬車の農夫までも、巻き添えを食らって即死したという。

 壊れたベンツは自動車修理工場に運ばれ、経営者のヒルシュヘルトがそのまま所有者となった。といっても、いわくつきの車である。フルシュヘルトもさすがにそのままでは乗る気になれない。そこで厄落としのつもりか、ベンツの色を赤から青に変えた

 だがそんな小細工は、かえって車の呪いを助長するだけだったらしい。ある日、友人四人を乗せドライブに出かけたフルシュヘルトは、途中で前の車を追い抜こうとしてスピードを上げた。そのとたん、ハンドルを取られて側壁に衝突してしまったのだ。彼はむろん、同乗していた友人四人までもが無惨な最期を遂げた

こうして”死神ベンツ”の名をほしいままにしてきたこの車はこののち、オーストリア政府に接収され、ウィーンの博物館に贈られた。だが、第二次世界大戦中に連合国の爆弾によって博物館とともに、あとかたもなく破壊されてしまったという。 

 


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