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エイズとHIVの違い

 エイズじゃHIVって、よく耳にすることが多いけど同じ意味に思ってる人って多いんじゃないかな?じゃ 違いって何?って、なったら分からなかったりするもんだよね。まぁ 俺自身違うのは分かってたけど意味は知らなかった一人なんだけどね

 エイズは英語名でAcquired Immuno Deficiency Syndrome(AIDS)で日本名は後天性免疫不全症候群と言います。HIVは英語名でHuman Immunodeficiency Virusでエイズの原因ウイルスの名前で、日本名はヒト免疫不全ウイルス と言い、このウイルスをエイズウイルスと呼ぶんだよね。

 このHIV(エイズウイルス)が性交渉とか注射の回し射ちなどで体内に入り込み、体内にあるヘルパーT細胞の中に侵入して感染が成立します。細胞内に侵入したHIVは細胞内で増殖を始め、細胞の外に飛び出し他の細胞に侵入しながら細胞を壊していくので免疫の機能が徐々に低下して免疫不全になります。

 じゃぁ HIV感染者とエイズ患者の違いなんだけど、HIV感染者とはHIVを体内に宿している保菌者のことで、体内にHIVを持っていても体の内外に特に異常は無い普通の人と同じ状態(無症状期間)なんです。しかし、その状態が何年か続いて、日和見感染症や悪性腫瘍を発病した時にエイズ患者となります。HIVに感染してもすぐに発病することはほとんど無く、感染後5年~10年が発病の目安って言われています。

 ちなみにHIVの感染確率なんだけど、【性行為 0.1~1.0% (梅毒等の性病で粘膜が荒れている場合は感染率が5~10%に増加)】【母子感染 30%】【血液及び血液製剤 90%以上】【注射器の回し打ち 0.5~1.0%】

 昔、興味本意でエイズ検査を受けたことがあるけど、結果が出るまでの間、今までに感じたことのないドキドキを味わえます。ぜひ、一度試してみてください♪
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素朴な疑問

実在した狼男

 満月を見ると狼男へと変わる・・・ 皆さんが思い描く狼男像だと思います。 あくまで空想の世界・・・ いえ、歴史を振り返ると実際に狼男は存在したんです。本日は実在した狼男のことを紹介しましょう。

 1,589年、ドイツ高知のコロン近くのベドブルグで、ペーター・シュトンプという男が捕らわれて処刑された。処刑されたシュトンプこそ狼男であり25年もの間、人間を殺しては、その血を吸い、肉をむさぼり食ったのである。

 ペーター・シュトンプは悪魔に魂を売り渡し、彼に身につけると狼に変身することができる『狼の毛皮で出来た腹帯』を与えたのである。

 こうしてペーター・シュトンプは残虐な狼男としての道を歩み出した。人里離れた野原を一人で歩いている人間を見つけると、ただちに狼男へと変身襲いかかり、そのノドを裂き、肉を噛み砕き、骨をバラバラにしてしまうのだった。 しかし一方では、時折ベドブルグの街をきちんとした身なりで歩き、顔見知りの人間に礼儀正しく挨拶し普通の生活を送った。しかし、これにも目的はあり、自分の餌食になりそうな女や子供を物色していたのである。恰好な獲物が見つかると人ごみから孤立する瞬間を待ち、すかさず襲いかかり、野原に引きずりこんで凌辱した。その後は、狼男へ変身し、心ゆくまで相手の体を噛みちらし、残忍な欲望を満たしていたのである。

 いつどうやって結婚したかは不明だが、ペーター・シュトンプには一人の美しい娘がいた。名をビールといい近所でも評判の美人だった。しかしペーター・シュトンプは実の娘にまで、自分の異常なまでの欲望を抑えることができなかった。不幸なことにビールは妊娠してしまい、子供が生まれてしまった・・・ ペーター・シュトンプの異常なまでの欲望は実の妹に対しても向けられた。妹はキャサリンといい美人だったが、その肉体を襲って暴力的なものにして以来、キャサリンはすっかり彼の奴隷同然になってしまった。

 ペーター・シュトンプは25年もの間、人目をくらましながら殺害行為を続け、無数の男女や子供が彼の異常な欲望の犠牲となった。ベドブルグ界隈の住民は、いつ自分が狼男のされるかと、日々おびえて暮らしていた・・・

しかし、ペーター・シュトンプもついに最後の時を迎えることになる。


 猟犬を引き連れた武器を持った捜索隊に森の奥に追い込まれる。彼は牙を向き、吠え、四つん這いで逃げ回り、力つきるまで人間離れした体力を見せた。しかし、観念したペーター・シュトンプは『狼の毛皮で出来た腹帯』を外した。 すると、そこには狼男の姿は消えペーター・シュトンプの姿が現れたのである。

 捕らわれたペーター・シュトンプは、拷問にかけられたすえ、過去の一切の犯行を告白した。そして、どんな魔法を用いて悪魔から帯を手に入れたのかも告白した。その、『狼の毛皮で出来た腹帯』は逮捕されたときに谷に投げ込んだと言ったので当局は探させたが見つかることがなかった・・・ ペーター・シュトンプは牢に閉じ込められ、彼の娘のビール、妹のキャサリンもペーター・シュトンプの悪行を知りながら、それを手助けしたと判断され、ペーター・シュトンプと共に殺人罪に問われ有罪を宣告された。

 1,589年10月28日、ついに次のような判決が下された。ペーター・シュトンプは、主犯として、まず体を刑車に縛りつけ、真っ赤に熱した釘抜きで10箇所以上の骨から肉を剥がす。その後、脚と手を斧で砕き、頭を体から切り離し、死体は灰になるまで焼く。ビールとキャサリンも同日同刻火刑に処し、灰になるまで焼く。 そして同月の31日、ベドブルグの町で、ドイツの王子をはじめ、多くの見物人の前で彼ら3人の処刑が執行された。

 ペーター・シュトンプが谷に捨てたと言われる『狼の毛皮で出来た腹帯』・・・ いつかまた誰かの手に渡り歴史的虐殺が繰り返されるかもしれない・・・
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呪われた事件

死の13階段

 この梅雨があけたら夏がきますね。今日は私が夏らしく霊現象のお話をしましょう。

 ごくまれに格安の物件があったりしますよね。世に言う訳有り物件というものです。何らかの事情により亡くなった人が出た場合物件が安くなります。

 場所は言えませんが安い部屋を探していた男性が格安物件を見つけ借りようとしました。あまりもの安さに不動産屋に確認したところ、この半年の間に4人住みましたが3人は夜逃げをするかのように引越しをしたそうです。

 残りの一人ですが部屋の中で窒息死していたそうです。原因は未だに不明のまま・・・

 話は聞いた上でとにかく安い部屋を探していた彼はそのまま物件を契約することに・・・

 引越し初日、引越しの疲れで寝ていると何か騒がしく目を覚ますと時間は深夜2時22分・・・ 何か気持ち悪いと思っていると外で子供が大勢走っているような足音が・・・

 それが数日必ず深夜2時22分にそれは起きた。ただ日ごとに変わっていったことは外の階段を駆け上がってくる音が近づいてくる。そして13日目・・・ 今までは子供たちの足音だったものがあきらかに違い大人の足音になり、玄関を何度も力強く叩く。

 怖くなった彼はそのまま朝まで寝ることが出来ず部屋の片隅で震えていた。 不動産屋が言っていた2週間。14日・・・ 明日がその14日目・・・

 彼は友達に声をかけ引越しをすることに。レンタカーを借りてきて引越しをすることにした。話を聞いていた友人達は半信半疑だったがいつもと違う雰囲気の彼の様子を見て近くの神社からとりあえずお札やお守りをたくさん買ってきて彼に渡し引越しの準備をしていると辺りは薄暗くなってきた。 早く終わらせなきゃと急いでいると突然ブレーカーが落ちた。

 慌ててブレーカーを探しブレーカーを上げると彼がいない・・・ みんなで慌てて探すと玄関の外で苦しんで倒れている。 救急車を呼び病院に運ぶと彼の喉の中に友人達が買ったお札やお守りが人の力では不可能なほどに圧縮されて喉に詰まっていた。 友人達がすぐに病院に運ばなければ彼は窒息死していた・・・

 一般的にマンションの階段数は14階段。しかし、そのマンションは13階段だった・・・ 13とは不吉な数字とされている。 13階段は不吉なことがおきると言われています。

 あなたの家の階段数はいくつですか? 

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怪奇現象

クレオパトラの秘密

 皆さん、『世界三大美女』って聞いたことありますよね。その一人に絶世の美女と言われたクレオパトラについて本日は紹介しましょう。

 まず、余談ですが『世界三大美女』って、クレオパトラ、楊貴妃、小野小町と言われてます。なぜ東洋の小国の、それもさほど知られていない小野小町が世界三大美女の一人に?それは、いつしか日本人が勝手に小野小町を押し込んだのだと言われる。小野小町を含む世界三大美人は日本にだけ通じるもの。

 世界的に有名な『世界三大美女』はクレオパトラ、楊貴妃、ヘレネと言われています。日本人にとって聞きなれないヘレネという女性は、ギリシャ神話の「パリスの審判」で、自分を『最も美しい女神』として選でもらう代わりにビーナスが審判員(パリス)に約束した報酬『最も美しい妻』である。

 さて、話をクレオパトラに戻しましょう。なぜ、クレオパトラは権力者を落とし、美貌を維持することが出来たのか?

『実はフェラチオが上手だった』

 クレオパトラに関しては、実は美人ではなかった、鼻はそんなに高くなかったなどという説もあります。しかし、あの時代背景の中、クレオパトラは確かに美人だった。

 それは、肌がすごく綺麗だったと言われています。その綺麗な肌をどのように維持したかというと、先程お話したフェラチオが出てくるわけです。そのフェラチオで多くの男たちから大量の動物性たんぱく質を摂取して美貌を維持していたとされえています。

 ちなみに、クレオパトラは世界で初めてフェラチオした女性としての俗説もあります。

 全てが真実であれば、そのフェラチオテクニックで権力者たちを魅了し、権力を手に入れ、美貌まで維持したとあれば、史上最強の女性ですよね。
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都市伝説

サンタクロースはジキルとハイド

 世間一般的にサンタクロースが赤い服として浸透したのは20世紀はじめ、コカコーラ社でイメージキャラクターとしてサンタクロースを起用した際、自社のイメージカラーである『赤』を服に使用し、それが定着したとされていますがサンタクロースは、それ以前にも赤い服を着たサンタクロースは登場しています。

 まず題名で『ジキルとハイド』って書いてあるけど有名なジキル博士とハイド氏のことですが正確にはジーキル博士とハイド氏というの知ってました?そんなことはさておきサンタクロースとジーキルとハイドの関係をお話しましょう。

 ジーキル博士とハイド氏ですが厳格な正確だったジーキル博士の中にいたもう一人の自分。それをジーキル博士の作った薬によって具現化された人物、それがハイド氏。人間誰もが持っている2面性の顔をジーキル(善)とハイド(悪)という一人の人物によって描かれた物語。

 サンタクロースのモデルとなった人物は紀元前4世紀頃のキリスト教の教父であった聖ニコラウスといわれています。 ある日、3人の娘たちを結婚させるお金がないと嘆いていた父親の姿を見たニコラウスが、夜中にこっそりと彼らの家に3つの金塊を投げ込みました。すると、偶然にもその金塊が靴下に入ったのだといいます。この話が元となり、聖ニコラウスの命日12月6日に祭日に子供たちにプレゼントを贈られる風習がはじまったといわれています。

 ただ、紀元前4世紀頃、聖ニコラウスをはじめとする聖職者たちがまとっていた服は神聖、高貴、神のいろである『白』の服を着ていました。では、なぜサンタクロースは赤い服になったのか?

 聖ニコラウスには2つの顔があたっとされています。そうです。冒頭で書いたジーキルとハイドのように・・・ 

 キリスト教を重んじる聖職者のニコラウスのもう一つの顔は殺人鬼だったというのです。聖ニコラウスはかなり厳格で真面目な人物だったようで宗教についての議論で激昴して相手を殴り投獄されたという逸話もある人物です。それによって白い服は返り血によって赤く染まったといわれています。赤い服、それは血だったのです。

 誰もが持っている2面性・・・ 本当のアナタは? 
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都市伝説

Hは夜より昼がいい

 動物の中で唯一発情期がないのが人間。まぁ 発情期がないといってもすることはするんだけど(人間が発情期がない理由は今度紹介しますね。)Hをするとき実は昼間のほうが夜よりも気持ちがいいって知ってました?

 あくまで生物学上だけど、昼間のほうが夜よりも性欲が高まると言われている。その理由なんだけど、日光が卵巣と精巣の働きをつかさどる下垂体の活動を促進するから。逆に、夜や排卵や精子の製造、性欲増進ホルモンの分泌などを抑制させるメラトニンと呼ばれる物質を分泌させてしまう。その量はなんと昼間の5倍もあるんだよ。結構ビックリじゃない?

 単純に考えるとHに対する盛り上がりが昼間の5分の1になっちゃうわけなんですねぇ・・・ 日差しによる性欲への影響は季節にも関係してくる。男性の体液中に含まれるテストステロンという性衝動を調節するホルモンの量がもっとも多いのは夏から秋にかけてで、逆に冬はもっとも少ない。

 だから、Hがもっとも盛んに行なわれるのが1年でいちばん日が長く、日差しも強い7月だってわけです。 『ひと夏の恋』なんてアバンチュールが生まれやすいのも実は当然のことなんですね。

 こんなことを説明してる俺自身、頭では理解してても、さぁ 昼からHするか!って思ったことはないんだよなぁ・・・ ・・
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素朴な疑問

呪われた古木

 古木には魂が宿り不思議な力があると言われます。そんな中、過去50年間の間に300人以上もの命を奪った『呪われた古木』について本日は紹介しましょう。

 場所は南アフリカ共和国カーバン。そこに『呪われた古木』が立っている。古くから、木に近づいてはならない・・・、そう言い伝えられているものの現在では、怖い物知らずが多く、警戒を無視して木に登ったり、わざと木を蹴飛ばすものが後を絶たないという。

 1,996年6月。恋人と愛を語り合っていた彼が、自分の勇気を誇示しようと、木の中ほどまで登り、枝を揺すってから降りてきた。そして、その晩・・・ 恋人を乗せてドライブしていた彼の車は、突然Uターンをしてこの木に吸い寄せられるかのように向かっていき、そのまま激突。愛を語り合った二人は帰らぬ人となってしまった。カーバン署の警察官の話では、道路にスリップの跡もなく、まるで本人の意思で古木に激突したとしか思えないという。

 この古木に関わる人間の変死は後を絶たない・・・ では、一体この古木の呪いの原因は何なのか?

 今から60年ほど前のこと。この古木の脇に住んでいた呪術師と住民の間でトラブルが起き、呪術師がなぶり殺されるという事件が起きた。

『お前達を呪い殺してやる!』

 このとき呪術師は断末魔の声をあげ、息を引き取ったと伝えられている。変死や怪死事件が起こるようになったのはそれからだった。だからこそ地元の住民達は全ての怪異の原因は、この呪術師の呪いが古木に宿っているせいだと信じている。

 この古木にまつわる不気味な話がある。人の命を奪うごとに、古木が変化するというのだ。枝葉が見る間に成長し、繁茂していくというのだという。今も成長し続ける古木。貴方の周りでも古木にも関わらず綺麗に咲き続ける古木があったら、その木には何かあるのかもしれません・・・れません・・・
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呪われた事件

東京の巨大核シェルター

 「地下鉄の永田町や国会議事堂駅には、要人向けの地下核シェルターがすでに整備されている!」「皇居と御苑をつなぐ脱出用の秘密の通路がある」「有事の際、有楽町線の中を戦車が走る」などという都市伝説があります。
 噂の原因は、それぞれの駅が異常なほど深い点にある。たとえば、半蔵門線の永田町駅ホームの深さはなんと、地下6階にあたる。つまり、線路が大深度を走っているのだ。

 半蔵門線の上は、青山通りだが、この近くには、皇居と赤坂御苑がある。つまり、青山通りは、両所を結ぶ最短距離になる。周知の通り、皇居には両陛下、赤坂御苑には各殿下がすんでいる。以前から、この両所を往来する地下道が存在すると噂されてきたのだ。

 青山通りの地下6階が半蔵門線のホームになっている。地下4階には、有楽町線と南北線が交差。地下3階から地下1階はというと、赤坂見附交差点付近で地上に出てしまう。この交差点は地面が低いため、地下3階から1階は、地下としての役目ははたせないのだが、その代わりとなるはずの地下5階は何の用途にも使われている形跡はない。

 「そこはなにか別の用途に使われている可能性があるのではないか?」というのも、永田町駅での南北線と半蔵門線の乗り換え階段の配置がどうも奇妙だといわれているからだ。

 両線の乗り換えにはかなり大回りを強いられる。この融通のきかない構造の答えはひとつ。地下6階の半蔵門線ホームと地下4階の南北線ホームの間に、「何か」があり、そこをダイレクトの突き抜けるエスカレーターを設置することができないからなのだ。

 それは永田町駅の地下5階、つまり半蔵門線の上には、皇居と赤坂御苑を結ぶ地下通路が存在しているからではないのか。 

 そして、この地下通路は皇室専用だけではなく要人向けの通路でもあり、その一部が「シェルター」として整備されている可能性が出てくるのである。

 有事の際の、要人向けシェルターは必要だ。だとすれば、皇居と赤坂御苑を結ぶ地下道があっても当然である。

 では「国会議事堂核シェルター説」はどうだろう。国会議事堂駅は、なんと地下38メートルに位置している、そして同駅と連絡通路でつながっている溜池山王駅は、戦時中に陸軍大本営があった巨大防空壕を一部転用したものなのである。

 表面上、国会議事堂には、地下はないとされているが、その断面図には巨大な空間が現出している。さらに、千代田線の霞ヶ関駅も海軍司令部があった防空壕を転用して建設されたものだ。

 また。千代田線に新設された駅が全く使用されていなかったり、有楽町線や半蔵門線にも未使用状態にある地下道路と称する地下通路が存在しているのだ。

 噂では、要人脱出用の秘密の通路で、いずれも核シェルターに通じているものだとされる。

 ちなみに、地下鉄千代田線が掘られた際、有事の際の地下通路として使えるように、かなり深く、しかも当時の政府関連施設の要所を通るように掘られているという事実があるのだ。

 
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都市伝説

親知らずはなぜ生える?

 親知らずは、生えてるくるときにひどく痛んだり、隣の歯を圧迫するような位置に生えてくるため抜かなければならない人も多いはず。このような経験をした人は多いはず。俺も抜いた人間の一人です。あの時は痛かった・・・

 逆に、生えてこなかったっていう非常に羨ましい人もいる。なくても困らないのに生えてきて、妙な生え方をすることが多いこの『親知らず』は、なんのためにあるんだろう・・・ 全くもって邪魔なだけなのに。

 実は、人間の歯って元々は32本あったんですねぇ。人間の歯って草食動物型で、食物を奥歯で噛み潰すように出来てて、硬い食物を噛み潰すには歯の数の多いほうが適してたわけです。原始時代の人の食べ物は固い木の実や調理してない肉など、よく噛まないと消化できない硬いものが多く、歯の数が多いほうが便利だったわけですよ。

 ところが、時代が進むにつれ食べ物が柔らかくなったんですね。なので見事、親知らずは退化してしまったってわけです。特に幼少期の食べ物が柔らかくなったから現代人のアゴの骨は小さくなって、最後に生えてくるはずの親知らずのスペーズがなくなっちゃったんですね。その影響で妙な位置に生えたり、生えずにアゴの骨の中に埋まってたりするわけです。

 ちなみに、みんなが何気に使ってる『親知らず』って言葉の意味は、14~20歳ぐらいに成長して、親が知らない頃に生えてくることから由来して『親知らず』って言われるようになったんだよ。 親知らずを抜いたとはいえ、しっかり上下生えていた俺は立派な原始人です。 
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素朴な疑問

わら人形の呪い

 「丑の刻参り」といえば、人を呪うための日本で最も有名な呪術のひとつだ。ほとんどが男女間の愛憎のもつれによるもので、呪われる相手は恋敵が多い。奈良時代からあった!恐怖の呪い人形。
 この呪術の典型的なものは、白装束を身にまとい、火をつけた3本のろうそくを鉄輪で頭に立て、丑三つの刻(午前2時~2時半ごろ)に、寺や神社などの樹木に呪うべき相手の名前と生年月日を書いたわら人形を五寸釘で打ち付ける。これを最低7日間、人に見られずに続けられれば相手は呪殺される。ただし、人に見られた場合は、見た相手を殺さなければその呪いが我が身にはね返ってくる・・・・・というものだ。

 やや異なるパターンもある。呪術を行う者は一反の白木綿を体に巻きつけて、裾を長く垂らす。頭には荒縄を巻いて火をつけたろうそくをさし込む。さらに口に櫛をくわえ、胸に鏡を下げ、一枚歯の下駄をはく。この格好で白木綿の裾が地面につかなような猛スピードで神社まで走り、階段を駆け上がり、神木にたどり着き、呪の言葉を唱えつつ、わら人形の心臓に当たる部分に五寸釘を打ち込む。

 呪う相手が衰弱するなどの、呪が効いたと思われるなんらかの徴候があるまで何日も続けねばならず、よほどの怨念がないと実行しきれるものではない。

 この鬼気迫る黒い呪術にルーツは、奈良時代に遡る。中国から人形(ひとがた)を使用した呪術か入ってきて以来のことで、以降、朝廷は呪術合戦の場と化し、人形の目や心臓に位置に釘を刺したり、人形の手足を縛って相手を病死させる呪いなどが横行した。実際、平城宮の井戸の跡からは、呪いの人形が発掘されている。これは長さ15センチ、幅3センチ弱の木製で両目と左胸のあたりに木製の釘が打ち込まれていた。と

 呪の人形は平安時代以降にも見られたが、現在いわれているような「丑の刻参り」の手順や服装が定着したのは、江戸時代のことらしい。

 なお、現代はこのような「わら人形の呪い」は迷信だと思われがちだが、インターネットで検索してみれば、わら人形など呪いのグッズの通信販売や丑の刻参りの代行サービスなど種々のサイトにヒットする。表向きは迷信だと笑い飛ばしても、内心は文字通りにわらにもすがる思いでその効果を信じたい人が多いのかも知れない。

 それどころか、いまなお多くの神社で実際にわら人形などの残骸が発見されているのだ。ただ、もちろんこれらのわら人形による呪いが実際に効果があったかどうかは、記録には残っているわけではないし、だれにもわからない。

 そう、「わら人形の呪い」は、ほとんどが極秘のうちに行われているのだから・・・・・・・。
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呪われた事件

老後の夫婦同居はアブナいといわれるワケ

 同居か別居か、これは大きな問題だ。といっても、結婚後の嫁姑問題ではない。老後の夫婦のについて真剣に考えてしまいます。
 調査によれば、老後も夫と同居している妻は、別居または死別した場合に比べて、死亡リスクが2倍にもなるという。この調査、総合保険協会が、60歳以上の男女、約3100人を対象に行ったものだ。

 もちろん、夫婦円満が長生きの秘訣という、ほほえましい老夫婦も多いはずだが、全体的にみると、夫が同居していると、妻の死亡率が高まる、しかも2倍になる、というショッキングな結果がでたのだ。

 つまり、夫の存在が、肉体的にも精神的にも、妻のストレスになっているというわけだ。たしかに、女性の立場からしてみれば、仕事一筋で家のことは何ひとつできず、「メシ」「フロ」しか言わない夫が、定年後、ずっと家にいるようになるのは、はっきり言って迷惑であり、苦痛だろう。

 逆に、男性の場合は、妻がいるほうが、いない場合に比べて、死亡リスクは半分にも減る。つまり、心の支えであり(かどうかはべつとして)、身の回りの世話をしてくれる妻がいるほうが、長生きでき、妻に先立たれたり、別れたりすると、死亡率が高まる、というわけだ。

 だから、老後に同居していると、まず妻の死亡リスクが高くなり、その結果、夫が死亡するリスクもまた高くなるということになる。どっちにとっても好ましくない結果が待っているのだ。

 では、これから老後を迎えるにあたって、夫婦円満に暮らすには、どうすればいいのだろうか。

 それはまず、夫が妻の負担を軽くすることだろう。家事はなにひとつできないなんて問題外。掃除・洗濯を嬉々として引き受け、台所では料理の腕を振るい、ときには「お友達と温泉旅行でも行ってきなさい」と快く送り出す気前のよさが必要だ。

 そんなことをしていては身が持たない?いやいや、ことは生死にかかわるとあれば、そんなことも言ってられないのかもしれない。
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生活に役立つ知性

東京の繁栄を支えた”性風俗”

 なぜ日本は世界最高の性風俗になったのだろうか?その秘密は「江戸時代」までさかのぼる。
 徳川幕府によって開府された江戸は、17世紀には人口100万人を突破し、世界最大の都市となる。が、一方で江戸は、幕府の役人(御家人・旗本など)と江戸造成の労働者などが集中、極端に女性の少ない都市だった。

 男女比はなんと7対3に及び、身分差もあり、実質、10人のうち8人は結婚できなかったといわれている。これを憂慮した幕府は、治安維持のために「遊郭」を設置するのだ。これが吉原であり、新宿、品川、板橋など五宿と呼ばれた御用遊郭宿もあった。

 もちろん、これだけだでは一般庶民まで回らず、庶民向けに「岡場所」と呼ばれる違法風俗地帯が数多くできた。その代表的な岡場所が深川。その深川で生まれたのが「芸者」だった。

 吉原などの政府公認の遊郭では、芸事は、男が担当する。それが岡場所では、女性にやらせ、さらにお金を払えば、セックスもさせた。これが世界的に有名な「ゲイシャガール」となっていくのである。まさに違法な風俗ゆえの庶民の知恵であろう。

 また、街には数多くのライトな風俗が登場。茶屋には「茶汲み女」、料亭には「酌取り女」、宿には「飯盛り女」と呼ばれる女郎(売春婦)など、今で言えばネオン街のような盛り場も増えていった。かくして江戸は、江戸時代270年という歴史のなかで、世界でも類をみない「性風俗」が発展していったのである。

 これは明治維新後も代わりはしなかった。首都となった東京は、明治政府役人、首都防衛の軍人、首都改造や殖産産業用の労働者が大量に流入、やはり、女性の比率が極端に落ちてしまい、江戸から続く性風俗は、いっそう、発展することになる。

  この明治、大正時代の代表的な風俗が「カフェー」で、これは女給(女性の給仕)がいる西洋風酒場のことで、そこで現在でいえば「おっぱいパブ」「ランジェリーパブ」「ピンサロ」のようなサービスが毎夜繰り広げれられていたらしい。カフェーのメッカである銀座には、そんな店が数千軒もひしめきあっていた。

 戦後、東京には高度経済成長を支えるための、地方の農村部から若者が大量に流入、70年代まで、男女比はいっこうに改善されなかった。当然、この時代も性風俗は必要不可欠なものとなり、世界第2位の経済大国の労働者たちを慰撫する性風俗が花開いていく。

 それが「泡踊り」のサービスを開始した『トルコ風呂(ソープランド)』に代表される性風俗産業なのである。江戸時代から戦後まで、400年に渡って東京は、常に世界有数の人口と経済力を誇る大都市であった。この繁栄を支えてのは世界最高の「性風俗」だった。

 性風俗があるからこそ優秀な男を大量に集めても機能してきた、と言い換えることができる。東京は世界でも稀な、性風俗によって発展してきた都市なのである。

 ちなみに「泡踊り」のトルコ風呂を世界に紹介したのは、「シベリア超特急」の水野晴朗である。昭和46年頃、水野はハリウッドの大物俳優たちを次々と来日させ、それで大手配給会社の宣伝部長に出世した。その出世を支えたのがトルコ風呂だった。

 当時の主演スターたちは当然の如く極東の島国に出向く大物スターは少なかった。ところが水野が頼めば何故かみんな喜んで来日した。その秘密こそトルコ風呂への招待だった。水野は来日する大物スターを「レッツゴー、ジャパニーズバス」と次々に吉原へ連れていった。

 昭和58年(1983年)、事件は起こる!水曜ロードショーの司会者だった水野の招待でアランドロンが来日、吉原の「歌麿」の丸千代嬢のテクでメロメロに・・・・・。「アランドロンをメロメロにしたトルコ嬢」と記事になり、そののち、このことが「世界的な色男スターを虜にしたジャパニーズバス」として世界に打電!

 日本のトルコ風呂はその名を世界に轟かす。だが、この騒動がキッカケでトルコ政府の怒りを買い、『ソープランド』に改名することなる。

 その後、日本には数々の性風俗が花開きどれもが世界に類を見ない高品質のサービスを提供している。観光に訪れる外国人の目当ては以前のような家電用品ばかりではもはやない。日本の性風俗もまた外国人たちにとって憧れの「メイドインジャパン」なのである。 
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もう一つの歴史

吉原で遊ぶにはどれくらいお金がかかったか?

 江戸時代に吉原で最高級の女性と遊ぶにはいったいどれくらいの金額かかったのか? 吉原で最高級の女性と遊ぼうと思ったら、現代では考えられないくらい高くついた。

 吉原では、女性にランク付けがされていて、最高ランクは「太夫」である。

 太夫と一緒に床に入るまでは、三回訪れる必要があった。初回はたんなる顔合わせ、次が裏を返す訪問で、三度目の訪問でようやく目的達成となる。

 太夫を訪問する時は、他の芸者を上げなくてはならないし、太夫のお供にもチップをはずまなければならない。

 一回目の訪問で30~40両かかるから、三回目の訪問でしめて90~120両かかった。現代の価値で1両を八万円で換算すると720~960万円はかかったことになる。

 そんな遊びを出来るのは、大名か豪商だけだが、彼らとてそんな遊びを長くはつづけられない。大金を使って太夫と遊べるものはしだいに少なくなってしまい、その後、太夫はいなくなってしまった。

 もちろん、吉原にあったのは、ハイランクの店ばかりではない。大衆店から格安店までそろっていた。人々は財布の具合によって、遊ぶ店を選べたのだ。

 一般に吉原の一番安いクラスの店では、400~600文(8000~12000円)ほどで遊べた。当時、腕のいい大工職人は、540文程度の日当だったというから、なんとかならないことはない値段だった。

 さらに格安店もあり、吉原を取り巻く、お歯黒溝沿いの切り見世では、100文程度で遊べた。30分程度で酒も何もつかなかったがそんな店でも人気があった。
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素朴な疑問

犯罪捜査とバッハの関係

 現代の犯罪捜査の鑑定法の一つに複顔法というものがあります。その複顔法と音楽家であるバッハとの関係を紹介しましょう。

 まず、複顔法とは身元不明の白骨死体が発見されたとき、頭蓋骨をもとに生前の顔を復元し身元を割り出すという技法。

 この方法を確立するために作曲家バッハが深い関係性があったんです。バッハが生前に協力したわけでなくバッハの死後。そうなんです。バッハの遺体が深く関係しているんです。

 バッハは晩年に失明してからは不遇な状況にあり、1750年、65歳で亡くなったあと遺体は自宅付近の教会付属の墓地に墓石もないまま葬られ、子供が20人もいるにも関わらず墓を守る人もいなかったと言われてます。

 死後100年ほどしてバッハの名前は世界的に有名になり多くのファンが墓地を訪れたが墓地を探すのは不可能といわれた。だが、1894年、教会の塀を拡張する工事のためバッハの墓があったであろう場所を掘ると3つの棺が出てきた。その中の一つが肖像画のバッハの顔の特徴と似ていた。そこで、関係者はそれがバッハの遺体ではないかと考え、骨に肉付けして確かめることを思いついた。当時の解剖学者たちが何人かの顔の部分の肉の厚さを測定してデータを集め、それを元に彫刻家が頭蓋骨に石膏で肉付けをしてみると晩年のバッハの肖像画にそっくりな顔が復元されたのである。

 現在、バッハの遺体はドイツのライブチヒの聖トマスの教会に安らかに眠り、頭蓋骨からバッハの顔を復元した方法は犯罪捜査に活用されるようになったそうです。
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都市伝説

テケテケの始まり

 シーンと静まり返った夜の学校。忘れ物を取りに教室へ向かうと、理科室の廊下のほうから音が聞こえてくる。ショキン、ショキン、ショキン、テケテケ、テケテケ・・・。
 まるで鋏を閉じたり開いたり、何かが回転したりするような音が不気味に響く。そっと、音がする理科室を覗くと、そこには・・・・・・。と、いうような登場の仕方をすることの多い、学校の妖怪テケテケ。

 右手には大バサミ、左手には血まみれの鎌。つりあがった目に耳元まで大きく裂けた口。体は上半身しかなく、下半身は幽霊のようにつま先に行くにつれて細くなっている。ものすごいスピードで空を飛び、獲物を追いつめる。捕まったら最後、両手の刃物でバラバラに切り刻まれてしまう。

 さて、このテケテケ、元々は青森(北海道説もある)で起きたとされる、ある事故が原型にあるといわれる。真冬のある日、女性が走ってきた電車に轢かれた。北海道バージョンでは、女性は除雪車に轢かれるという事になっている。どちらにせよ女性は上半身と下半身が車輪で分断された、みるも無残な姿だった。

 だれもが彼女は即死したと思った。だが、真冬の寒い日、気温が低く、ために血管が収縮してしまったのか、瞬間冷凍状態になったのか、切断箇所からの出血はほとんどなかった、そこに慌てて駅員が駆けつけると、彼女は自らの肘でずるっずるっと上半身を引きずりながら駅員に近づき、見上げながらひと言「助けて・・・・・・」といったそうである。

 この話が示すように、テケテケは、最初、上半身のみの体で、内臓を引きずったまま肘を使って歩く女性の姿をしていた。その姿形から「ヒジカケ」や「ひじ子さん」などと呼ばれていた時期もあったようだ。

 やがて、彼女の噂が小学生たちの間で広まるにつれて、刃物で武装するようになり、いつしか空まで飛ぶようになった。刃物で武装する様は、明らかに、小学生を含め、今の一部の青少年にとって当たり前の行動パターンである。空を自在に飛ぶこともまた、彼らの夢である。つまりテケテケの変身ぶりは、今の青少年の欲求を具体化したにすぎない。

 これが、”テケテケの進化”の経緯のようだ。ちなみに、テケテケというコミカルな名前は、肘で歩くときの音からきている。肘がアスファルトと「テケテケ」と音をたてているのだ。さて、このテケテケには、弱点がある。それは、「学校霊の一種と信じられているため、学校の外に出ることが出来ない」ということと、「一度スピードが出てしまうと、方向転換がきかない」ということだ。

 もし、深夜に学校でテケテケに襲われたら、決して教室などの密室に逃げ込まず、一目散に校庭に逃げ出すのが一番。万が一、追いつかれたら、テケテケに強い光を浴びせるのだ。テケテケは闇の中で暮らしているので、強い光に弱いからだ。

 ただ、現在も進化の途中にあるともいえるテケテケ、どんな防衛策をこうじるか不気味である。自らをバージョンアップして、我々の目の前に立ち現れるのは、そう遠くではないのではなかろうか。
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都市伝説

中国で発見された謎の生命体

 2005年8月、中国広東省仙山市で、伝説の妖怪「太歳」に似た生命体が発見された。
 縦30cm、横15cm、びわのような形をしており、重さは2キロもあった。動きはしないが、確実に日々成長して大きくなっており、表面に傷をつけると粘液を出して自然治癒する能力を持っている。

 太歳とは、もともと天体上の木星のことで、風水上犯してはならない地上の神を指すという。太歳の方位にあたるのはその年の干支に当たる方位で、家の中心から見て太歳の方位にある方角の土を犯す、とりわけ土木工事などをして木星の運行を妨げると激しい祟りがあると信じられている。

 中国の宗の時代に書かれた「太平広記」に次のような記述がある。

 『ある男が太歳の方位に当たっているとは知らず、土木工事を行った。すると、掘り返した土の中から、赤い肉のような菌のようなかたまりに無数の眼がついた奇妙な物体を掘り起こしてしまった。驚いて眺めておると、通りすがりの僧に「これは太歳だからもとの場所に埋め戻し、工事を中止しなさい」と助言された。それに従ったが、その男と家のものは一年のうちに全員死に絶えてしまった』

 この奇妙な肉魂を思わせる生物が太歳なのかどうかは不明だが、木星の運行に合わせて土中を移動する”太歳の化身”であるともいわれている。

 このことから、土の中に埋まっているぷよぷよとした不定形のものを掘り出すとその地域に災厄をもたらすという言い伝えが残ったようだ。

 戦時中、日本軍が大陸で塹壕を掘っていた時に、誤って掘り出してしまい、その部隊は疫病で全滅したという話も漏れ伝わっており、なんとも不気味だ。

 実は、この太歳の正体は「粘菌」ではないかといわれている。付け加えると、この生物を調査した人達にも今のところ、祟りは起きていないとのことだ。
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未確認生物 ~UMA~

大和魂から大和撫子へ

 「大和魂」は死語になりつつあるのだろうか?

 街角で大きく「大和魂」とプリントされたTシャツを着込んだ若者を度々見かける。
がっしりとした武闘系で、いかにもまじめそうな人たち。

見るたびにそのTシャツを着てるから、よほど思い入れのある言葉なのだろう。

 「大和魂」はすでに死語なっている。だからこそなのか?

 反対に「大和撫子」とプリントされたTシャツを着込んで、一度彼らの前を通りすぎてみたいのだが、そんなTシャツ、どこで売っているのだろうか?
彼がどういう反応をするのか、想像するだけでも楽しい。

 それはともかく、今や女性の時代だ。

 女性の考案した商品が次々とヒットするように、女性の人材を確保し、いかに才能を引き出していくかがこれからの企業に求められる。

 古い因習に固執する頭の固い男性役員がのさばっている会社には未来は無い。

 オリンピックでも女性の活躍ばかりが目立つ。これからの日本を背負って立つのは女性ではないかとも思えてくる。

 いいことではないのか。本来日本では、女性が主導権を握っていた時代が長く続いたものだ。地球レベルでみれば、おそらく「ハード・もの・物質」の時代から「ソフト・精神・魂」の時代へと移行している、ということだろう。

男には「もの」がついているが、女には「もの」がついていない。この差は想像する以上に大きいのだ。 

 太古の日本の宗教や呪術が国の命運を左右していた時代、カリスマ性を持った女性たちが活躍し、時代の転換期には数々の女傑が生まれた。

 この混迷の時代を救うのも、やはり女性なのかもしれない。

 
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素朴な疑問

芸能界の「整形女王」

 今さらだが芸能界では整形など常識。といってもそれは姿形を良くするためだけではない。人は誰でもコンプレックスをもっている。それはアイドルや女優とて同じである。
 整形することでそのコンプレックスを克服、自信に繋がり、結果として仕事もうまくゆくというわけだ。以前はパッとしないグラドルから鼻や目を何度もマイナーチェンジすることで自信をつけ、今や性格女優として活躍している人もいる。

 ただ、いいことばかりではなく整形には麻薬のような側面もある。それは一度でもメスを入れてしまったら、年齢を重ねるごとに顔が不自然になるため、何度も何度もメンテナンスを繰り返さなくてはならず、麻薬中毒ならぬ、整形中毒になってしまうからだ。

 最も有名な例がマイケル・ジャクソンだが、かつての日本ポップス界でも、ある女性にこの『疑惑』が騒がれたことがある。

 60年代後半に「ポップスの女王」と呼ばれ、一世風靡した弘田三枝子。デビュー当時は素朴な顔立ちだったが、新曲をだす度に別人のように顔がかわり、その度にファンに衝撃を与えた。

 そして、59歳を過ぎたあたり、ついに彼女はマイケルのような蝋人形のような顔になってしまったのだ。

 芸能マスコミが「美容整形の恐怖」を語る際にかならずひきあいにだされる彼女だが、芸能界では氷山の一角。その予備軍は山ほどいる。

 今のグラドル、アイドルたちの30年後がたのしみである。
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都市伝説

おっぱいは揉むと大きくなる!?

 男のフェチズムに常にトップクラスにはいってくるのって『おっぱい』みんなおっぱいって好きなんだなぁ・・・

 『彼におっぱいを揉んでもらったら大きくなった』とか『俺がおっぱい揉んで大きくしてやるよ』って豪語する男。あっ 恥ずかしながら後者は俺です。

 大きくなる、変わらないで言えば結果大きくはなるんですよ、これがまた。ただし、大きくなるという表現は実は微妙で『膨らむ』っていうのが正しいかな。

 女性のおっぱいは左右の大きさや形は微妙に違うもん。右側のおっぱいだけ揉むと右側が、左側のおっぱいだけ揉むと左側が大きくなるという俗説はあるけど、あくまでそれは俗説。

 おっぱいって60%は脂肪で構成されてて。残りは乳腺組織になってるんだよね。実は、この脂肪自体はいくら揉んでも大きくはならない。しかし、乳腺組織は性的興奮によって多少は『膨らむ』。あくまで多少だけど・・・

 実際、排卵期前後に、おっぱいに対しマッサージを行えば多少なりともおっぱいは膨らむ。しかし、それもおさまれば、また元に戻るんだよね。これは悲しい。そのまんま膨らんだままでいてくれればいいのに。

 『彼女のおっぱいを揉んで大きくした』というのは俺の自己満足であり、『手で揉んで大きくなれば苦労はいらない』というのは女性の本音なんだろうな。
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素朴な疑問

”呪われた路線”JR中央線

 都心と多摩地区を結び、JRのドル箱といわれている中央線は、疾走してくる電車への飛び込み自殺の多発路線として知られている。
 たとえば、1995年4月から11月までの8ヶ月間には、なんと26人もの人々が飛び込み自殺していたのである。10月12日には、午後6時ごろに新宿駅ホームで下り電車に男性が、午後8時ごろには阿佐ヶ谷駅近くの中央線線路内で、上り特急列車に女性が飛び込み、続く午後10時には阿佐ヶ谷駅で、下り列車にこれまた女性がはねられ死亡している。いずれも自殺と見られるが、わずか3時間半で3人の死亡事故というのはきわめて異例の事態が「呪われた路線」」中央線を象徴しているかのようだ。

 JR他線と比較すると、1995年度当時の上半期(4月~9月)の統計を見ると、山手線5件、京浜東北・根岸線4件、そして中央線は17件と突出しており、数字が飛び込み自殺の発生率の高さを物語っている。そしてまた、目撃者が報告する自殺の状況がミステリーじみているのである。

 ある目撃者によると、ホームに並んでいたら、近寄りがたい異様な雰囲気の若者がいたという。後ろ姿は老人に見え、まるで呪われたような姿、と思った瞬間、ふっと吸い込まれるようにホームから消えたというのだ。まるで、悪魔が彼を引き寄せたように思ったと証言しているのだ。

 一連の自殺者たちには、性別や年齢、職業にとくに偏りはない。そして、時間、場所、動機などの共通性はなく、関連性も見られないのである。ただ、その多くがほかの地域からやってきてホームから線路へと身を投じるのである。実際に、自殺の名所と化した踏切まで存在した。少なくとも5人は亡くなっている車の通れないような小さな踏切である。その踏切の近くでは、人魂が出たとか、生首が落ちていたなど、あらぬ噂も飛び交う始末。

 半年間で26件という飛び込み自殺が発生しているJR東日本立川地区では、原因を究明することもままならず、対策も打つことができなかったという。

 それにしても、なぜこうも自殺が多発したのだろうか?。携帯電話の普及著しかった当時、話題になっていた電磁波は、人体ばかりでなく、脳にもかなりの影響を与えることがわかってきた。ご承知のとおり、電車が線路上を疾走してくると、強い電磁波が発生する。特に事故や飛び込み自殺が多発する「魔の踏み切り」と呼ばれた地点では、実際に電磁波の異常が検知されたこともある。

 不安定な電磁波が磁場の異常を起こし、注意力を散漫にするなど、精神状態にかなりの影響を及ぼすといわれている。当然、駅のホームでも同様の現象が発生していると考えられる。電車がホームに走り込むことによってホームの一角に強い電磁波が発生する。それは、「死に往く」ことを決意した人たちに対して、一層「自殺」という行為を喚起させてしまう効果をもたらしているのかもしれない。

 こうした飛び込み事件にの多発により、いまや中央線は高架線へと変貌している。しかしながら、いまなお飛び込む人は後を絶たず、中央線は変らず「呪われた路線」のままである。
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怪奇現象

呪われたタイタニック号

 豪華客船タイタニック号。映画『タイタニック』で有名になり一度はその名前を聞いたことがあると思います。そんなタイタニック号にまつわるもう一つの真実を本日は紹介しましょう。

 1912年4月14日、イギリスからアメリカに向けて航行中の豪華客船タイタニック号は沈没した・・・ 重量46,328t 全長269.08m 全幅28.19m プロペラ3本 救命ボート20隻を装備したこの船は、内外の著名人を含め、2208名を乗せて処女航海に出たばかりだった。 沈没地点は、目的地のニューヨークを目前にした、北緯41度16分、西経50度14分のニューファンドランド島沖合。この歴史的な沈没による犠牲者は1513名にものぼる。 原因は、氷山に衝突したせいだとされている。しかし沈没の真の原因は『ファラオの呪いだった』と囁かれている・・・
事件後、ビクター・ハリンガムやエレン・マスターズなど無事生き残った乗客から同艦長スミスについて奇妙な話が漏れた。 衝突直後、急に進路を変えたり固定したり規定以上の速度を出したかと思うと急に速度を落としたりした。さらに衝突後の処置にも問題があったという。当初は独善的な態度で救命信号の発信を拒み続け沈没間際になってやっと救助計画をしたという・・・ 経験豊富で冷静沈着な性格の持ち主だからこそ、スミスは当時の最新鋭・世界最大の豪華客船の船長に任命された。その人物が、この事故が起こった日に限って奇妙な行動をとったのはなぜだろう・・・
『同船の看板に、エジプトのミイラが一体積み込まれていた』

 このミイラはイギリスの貴族がニューヨークに運ぼうとしていたもので、画期的な太陽神信仰を打ち出したアメンヘテプ四世(イクナトーン)の尊敬した女預言者のミイラだったという。(このミイラに関しては女王のミイラ、女官僚などいろいろな仮説がある。) そのミイラは1910年、エジプトのカイロでアメリカの盗掘者たちがピラミッド内部から一体の棺に入ったミイラを発見。その霊室には霊室には『我の眠りを乱す者は誰であろうと不幸と恐怖に見舞われる』と書かれており盗掘中に一部の盗掘者が『私は神の裁きで呪われたのだ』と叫びながら謎の死を遂げている。 そのミイラは英国エジプト学者ダグラス・マレーの手にわたることになる。棺を売った盗掘者はその日の夜に謎の死を遂げることになる。マレーは棺を手に入れた3日後、ナイルに狩りに出かけた時、銃が暴発。肘から先の腕を切断することに・・・ さらに、棺を持ってイギリスに帰る途中、同行した友人2名が謎の死を遂げ、ミイラの棺を扱ったエジプト人2名までも謎の死を遂げました。マレーは恐怖を感じ、棺を富豪夫人に受け渡しました。
 受取から二週間の内に母親が変死、恋人に捨てられ、原因不明の熱病になります。事態を重く見た女性は、ミイラを大英博物館に寄付します。展示されたミイラの写真をとろうとしたカメラマンが謎の死を遂げ、展覧会を企画した学者がその日の夜にベッドで謎の死を遂げる…
 そして、その呪われたミイラはニューヨークの博物館に譲渡されることになる。ちょうどそのとき、イギリスサザンプトン港からニューヨークへ行く船がありました。
 絶対沈むことない船と言われたタイタニック号です。
 結末は皆さんご存知のように1,513人もの命を飲み込んだ歴史的事故に・・・ そのミイラには次のような護符が貼られていたという・・・ 『汝が眠りに虚脱から目覚めよ。されば、汝の目のひと睨みが、汝にあらがうものすべてに勝利する』
 そのミイラは今現在、大英博物館の奥深く人の目に触れることなく保管されています…
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呪われた事件
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