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呪われたホープ・ダイヤの末路

 先日紹介した『フランス王家も滅ぼした呪われたホープ・ダイヤ』について、『フランスの青』と呼ばれたダイヤが、なぜ『ホープ・ダイヤ』と呼ばれるようになり、そのホープ・ダイヤの末路について本日は紹介しましょう。

 1,789年のフランス革命後、再び行方不明となっていたダイヤは、オランダにその姿を現した。宝石研磨師ファルスの手に渡り、44カラットに再研磨された。ところが、ファルスの息子がこのダイヤを父に断りもなく勝手に売り飛ばしてしまったのだ。ダイヤの呪いはフランス王家を滅ぼしても、その効力を弱めていなかった。ファルスはダイヤを失ったショックで死亡。息子は精神に異常をきたし自殺・・・ 買い取った相手も食べ物を喉に詰まらせ命を落とした。

 その後、いくつかの変遷(へんせん)を経て、ダイヤはイギリスの銀行家で大富豪のエンリー・ホープの手に渡った。彼はこの不吉な宝石にまつわる祟り話を、ただの偶然の一致、呪いなんか存在するわけがないと一笑に付した。そして自らの名字と『ホープ=希望』をかけて、この宝石を『ホープ・ダイヤ』と名付けた。これが『ホープ・ダイヤ』と言われる由縁である。しかし、ダイヤはホープに希望どころか災厄しかもたらさなかった。ある夜、ホープ家は火事を出し、それによって家人の何名かが焼死してしまい、ホープの事業も傾き、ホープ家は破産した。

 そして1,911年、『ワシントン・ポスト』紙オーナーの後継者エドワード・B・マクリーンが、ある宝石商からこのホープダイヤを手に入れる。するとマクリーン夫婦の押さない息子が交通事故で死亡、ほどなくして娘も橋から落ちて水死。夫婦の生活は破綻し離婚。マクリーン自身は一連の衝撃的な出来事に加えて、酒好きも相まって精神に異常をきたし、精神病院に入院中命を落とす。

 最後にホープ。ダイヤを入手したのは女性なら一度は手にしてみたい最高級宝石で有名なハリー・ウィンストン。そのハリー・ウィンストンその人である。

 ニューヨークの宝石商だったハリー・ウィンストンは約1億2,000万もの大金でこのダイヤを購入したが、購入後、交通事故に4度遭遇し、事業にも失敗し個人破産してしまったのだ。1,958年、たまりかけたウィンストンは、ホープ・ダイヤをワシントンのスミソニアン自然博物館に寄贈することにした。その際、ウィンストンはとてつもない値段で購入したホープ・ダイヤを、なんと普通の郵便小包で送ったという。

 現在、同博物館にある44カラットのホープ・ダイヤは、豪華なネックレスに改造されている。(本日のトップの画像がそうである。)もはや呪いをもたらすことはなく、同博物館の人気展示品となっている。

だが、気になることが一つだけある・・・

 当初、279カラットもあったはずの巨大なダイヤも、スミソニアン博物館に展示されてる現在は、わずか44カラットの大きさである。いくら長い歴史の中で研磨を繰り返したとしても、小さくなりすぎである。残りの約230カラットは一体どこにいったのか・・・

 残りのホープ・ダイヤが、闇の中から姿を現したとき、現世に新たなを『呪いの歴史』つくるだろう・・・
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呪われた事件
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都市伝説・噂話

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